プロフィール

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Theoreticalへお越しいただきありがとうございます。HIRO(@MailTomix23)です。

このブログでは、英語と海外、ITをキーワードとして記事を書いています。

他にも、読んで素晴らしかった本の紹介や、WordPressを中心としてブログ運営の方法などを紹介中です!

そんなTheoreticalの管理人であるHIROについて、プロフィールを超詳しく書いてみました。これを読んで、私がどんな人なのかイメージを持ってくれると嬉しいです!

幼少から大学まで

私は小学生からずっと、サッカーをしていました。

こう見えてもJ リーグの下部組織に所属した時期もあり、県の選抜でキャプテンを務めたこともある実力派でした。

当時の対戦相手やチームメイトは、例えば、ドイツの原口元気、ジェフ千葉の指宿、グランパスの田口、ガンバ大阪の泉沢。今考えるとすごいな。

そんな感じで、ひたすらサッカーに打ち込み、県の強豪校に進学しました。

しかしながら度重なる怪我と、モチベーションの低下により、「夢が破れた」と感じてサッカーをやめるという決意を下します。

人生が変わった瞬間でした。ここから学んだことは、

サッカー選手という職業は実力もさることながら、自信のメンタルと怪我を事前に防止する徹底性、そして重症を負わない強運が求められている

ということです。いや、どえらい世界ですよ、プロサッカー選手という職業は・・・。

***

大学に入学してから僕は、カナダに語学留学をすることになります。

この留学が、私の人生のターニングポイントでした。カナダのバンクーバーに留学しなければ、楽しい大学生活を送っていて、きっと、何事もなかったかのように就職していて、無難な毎日に埋もれていたかもしれません。

そう考えると当時の留学は、計り知れないほどの価値観の変化をもたらしてくれました。

HIROの海外遍歴

それではここで私の海外歴をシェアします。

サッカーやってた頃は遠征で韓国とイタリアへいきました。驚くことに大学へ行くまでは、この2カ国が私の海外経験でした。本当にこれだけです。

私が海外を経験して思ったことは、とにかく「世界は広く、私はひどく小さい」というものです。

色々な国へ行き、美しい景色を堪能し、現地の食事を味わうことで、その土地の価値観と文化を知りました。

そして、やっぱり日本だけでは生きていけない。今後は世界とどう向き合うかが必要になると改めて感じたのです。

海外の楽しさを肌で実感したカナダ留学

日本にドップリと浸かっていた大学生の自分は、ここで衝撃に出会います。

なんだこの面白い世界はということです。ホームステイをはじめ、外国人との交流、授業、世界観、景色、雰囲気、文化。

初めて、本当に生まれて初めて「世界は広い」って感じた瞬間です。

これまで会ったこともない国の人と勉強をし、授業が終われば近くのカフェへ。

夜にはナイトライフを楽しんだり、とにかく勉強してみたり。

とにかく色々なことに挑戦いてみました。どれもこれも楽しかったです。

当時に編み出した英語の勉強方法は「Subway勉強法」といって、ただSubwayを頼むだけ。

サンドウィッチの専門店であるSubwayですが、実はパンの種類や中身の種類、野菜の種類など、とにかく頼むものが多い!

だからこそSubwayで華麗に注文して、英語力を向上させよう!と思ったのです。

vancouver

はじめてちゃんとした海外は衝撃でした。

私が十何年とかけて積み上げてきた価値観が、バラバラと音を立てて崩れ落ちた瞬間であり、新しい考え方を重ねていく土台が出来た土地でした。

たった2ヶ月半の間に、ずいぶんとたくさんの事を教えられたような気がします。いや、実際に教えられました。

始めての海外にしては、とても実りのある語学留学でした。

で、そこから頭の中に残ったことは「とにかく海外へ出よう!」ということ。

大学へ行っても、バイトをしても、何をしていても「どの国へ行こうか」考えていました。気がついたら、いつのまにか旅人属性が身についていたようです。

その後に行ったのはタイとラオスで、こっこではバックパッカー能力を身につけました。

アジアがオレを呼んでるぜ〜ということで。そこから、次に選んだ先はフィリピンでした。

ここでもまた、超衝撃的な出会いが待っていたのです。

超サバイバル能力を身につけたフィリピン

高校時代から良くしていただいた先生が所属するボランティア団体を通し、フィリピンでのボランティア活動を打診します。

大学2年の夏に行ったフィリピンは衝撃的でした。

貧しい国だとは知っていましたが・・・

素敵なオジサンが微笑みかけ、

子どもたちが宝石のような笑顔をくれる場所でした。

貧しいのに、笑顔が耐えない国だなと思ったのです。日本人は毎日つらい思いをしながら生活をしているのに、フィリピンに住む人々は緩く、毎日の幸せを楽しんでいるようでした。

セブ島と聞けばリゾート地がとして有名です。

しかし私はスラム街にて、「明日のお金もどうしよう!」と貧困に嘆く人々一緒に暮らし、彼らのリアルな生活を共有する日々を送ります。

現地の大学にも通いました。フィリピン人に囲まれて大学生活を送るという、なんか面白い状況を楽しんでいたんですね。

また、それとは同時に、「エキサイトセブ」というセブ島のウェブマガジンを、創刊メンバーの一人として成長を助けてきました。

今では、セブポットに次ぐ一大メディアに成長してくれたので、とても嬉しいです。

エキサイトセブに投稿した記事は、このブログに投稿した数よりも多い・・・。

ボランティアをしたあとは、セブ島で1、2を争う旅行会社、PTNトラベルに就職します。

ツアーコーティネーターとして新規ツアーの企画・運営、ツアーやホテルの予約受付、現地空港でのアテンド、ウェブサイト管理など、30人くらいの部下・同僚と働きました。

持ち前のコミュニケーション力を駆使し、国籍を超えたチームワークの構築方法を会得。無駄に現地の言葉とか話してました。

色々と経験をさせてもらい、感謝の涙を流しながら、契約満了をもって退社。

***

フィリピンの話をすると話題は尽きません。

なぜかというと、フィリピンは私にとって「アナザースカイ」だからです。

22歳という尖りきっていた当時の私を、優しい夏の蒸し暑さで包み込み、底なしの微笑みで癒してくれた国です。

貧困街で、明日のお金もどうするかわからない人たちの笑顔。

じつはそういう人たちに限って、精一杯おもてなしをしてくれます。とりわけセブ島は、暖かさに包まれた陽気で、慈悲深くて、愛に満たされた場所でした。

子供に渡す交通費すらないほどお金がないのにも関わらず、精一杯もてなそうとしてくれたフィリピンの家族を思い出すと、心が温かくなります。

忙しいにも関わらず、ひんぱんにメッセージを送ってきてくれて、生存確認してくれます。

そんな家族に恩返しをするために、こんなことを始めてみました。

小さな食堂のオーナーになったのだ!

明日のお金を渡すよりも、そのお金で食材を買い、調理して提供する、キリストで言うところの「魚の釣り方」風なお手伝いをしました。

いつ行っても、ご飯だけは食べ放題です。笑

ニュージーランドでの勉強漬け

フィリピンから帰国して半年後、次の舞台はニュージランドの大学を目指すことにしました。

なぜか?

その理由は「海外大学の卒業資格が欲しい」と思ったからです。

あと、カナダ・フィリピンと学んできた英語を、活かすために何ができるだろうか?って考えたら、「じゃあ、大学留学だ!」っていう、勘とかそういうものです。

ニュージーランドでは、英語で会計や金融を中心に学んでいました。

他にも、日本人学生の後輩にTOEICを指導したり、街クラブのサッカーに参加したり。

アマチュアサッカークラブのニュージランド大会にも出場しましたね。バイトも少ししていたし、色々な体験をさせてもらいました。

学業自体は、なんとか上位の成績で卒業することができまして、卒業式で代表のうちの一人としてスピーチも行いました。

日本人大使やインドネシア大使などのお偉いさんが観ている中、緊張をしつつもスピーチを・・・。こんな経験、なかなかないな!と思っています。

16,000ワードの卒業論文を書いてみたり、いや〜いろんな経験積ませてもらったニュージランドでした。

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いま

そして今、ニュージーランドを卒業したあと、気がつけばIT業界に就職しています。

毎日プログラマーなりSEとして、コーディングしたり書類を作ったり、試験をしたり、データを作ったりしているわけです。

IT企業という「よくわからない実態とその経済圏を知る」という、ただの好奇心を満たすのには十分な理由で、わりとサクッと決めてしまった就職。

お金もらえるし、貯金できるもんねってことで!

戦略とはトレードオフである。何かを選ぶということは、何かを捨てることだ。

なんてよく言われています。とにかく今は、充電して軍資金貯めて、スキルを磨く時期。

もうちょっとブログに注力していきたいな、と。マガジン運営とかしてみたいので、お金をうまく回しつつ、楽しいことに使っていければいいな〜って思っています。

これから

これからの未来は予測不能です。

いま会社に勤めている人も、来年はどうなるかわからない。まさにそういう時代に、移り変わっていると思っています。

その中で必要なのは個人として立ち上がるチカラ」です。

もしくは、「コミュニティーで経済圏を作り出すチカラ」じゃないでしょうか。

その能力を養う為にも、日々少しづつ、チャレンジしていきます。

人がワクワクするような未来を、仲間とともに作りあげていく。

国はバラバラでも、皆がお互いにワクワクしあい、切磋琢磨して、コミュニティごと伸びていく。それを支えていく。

ライターや翻訳として、WEB・プログラミングの知識を武器として、新しいこと・楽しいことをしてみたい。そういう人を全力で応援していきたい。

「常に前向きで、チャレンジング」な人生にしていきたい。

そんな私が運営するセオレティカルを、心ゆくまで楽しんでいただければ!

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