世界で活躍する「人財」に成長するための考え方

日本人でありながら、世界で活躍するにはどんな考え方が必要なのだろうか。

僕は、気がつけば海外に出て4年が過ぎていて、これまでにカナダ・フィリピン・ニュージーランドと海外生活を経験してきた。

やっぱり世界と日本は違いすぎる。でも「その差を埋められる人」こそが世界で活躍できる人材なのではないかと、そう思うようになっています。

 

今の日本を払拭するために

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日本の景気は落ち込んではいるものの、未だに世界でも最高の国だ。安全だし、食事は美味しいし、豊かな文化を誇っている。ここまで、様々な意味で成熟している国は無いと僕は思う。

しかしながら、この景気の落ち込み具合の中では、日本は危うい。そして、今後日本が生き残るためのキーワードは「国際化」しか無いとぼくは考えている。

つまりは、移民の受け入れをして日本を「国際的な国」にするべきだという考え方だ。

現段階では、日本人による消費と生産では限界が見ているので、少子化がさらに進む日本の未来は真っ暗だ。そこで「国際化」、つまりは、他の国のマンパワーによって生産と消費を補うことで国としての力を保つべきだとぼくは思う。

しかし、今の現状では移民を受け入れる体制なんて微塵も整っていはいないのだ。それは日本人が未だに「国際的バランス」を身に付けていないことに限る。

そこでぼくが提唱するのは、「今こそ日本人は海外へ出よう!」という事だ。

 

海外へ出ることの意義

海外へ出ることは、人生においても何をするにしても有意義な時間となるであろう。

物理的に日本から離れることで精神的に日本と近づくからだ。

この感覚は、実際に海外で生活をした経験のあるものにしか分からないと思うし、想像しろなんて言われてもできないと思う。簡単な言葉で説明するなら、「ひとり暮らしをして初めて、親のありがたさを知る」というのに近いと思う。

でも、それくらい海外にでると「日本のありがたさ」を知るのだ。

そして日本から離れることによって、「国際的に活躍」できるような人に育っていくとぼくは感じている。また、「日本の国際化」にともなって「海外とのバランス感覚」を持っている人材が多く必要なのだ。

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だからこそ、将来的に日本に住もうが海外に住もうが、人生一度でも日本から離れて生活してみることをオススメする。その中で海外に出て得られるものを書き出してみよう。

 

国際感覚を養う

国際感覚は一日としては成らない。

近年の問題点は、一ヶ月程度のセブ島で語学留学した程度の学生が「俺、留学してきました〜」なんて言い出すことだ。最低でも1年、もしくは半年は違う国に居てこその「留学」だと思っている。

国際感覚とは多文化の中での生きるチカラであり、そのチカラを得てこそ今後20年30年、社会で戦える人物へと成長するのではなかろうか。

 

多文化を知る

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多文化を知ることは、己を磨く事である。

「経験」という盾と鎧を持つことで、どんな人に対しても平等に、そして力強く渡り合えるようになるのだ。日本の社会はクローズド過ぎるため、「文化」というものの概念が薄いような気がする。

その希薄な「文化」という概念を壊すためにもぜひ、海外に出ることを強くすすめる。

日本以外の国にもたくさんの「文化」があって、いろいろな「生き様」や「社会習慣」が存在するものである。

そしてそれは、「人を知る」ということにも繋がるのだ。そして人を知ればこそ、己を知ることができ、己を見つめなおすことができる。

 

海外を知ればこそ、日本をより理解できる

海外を知ることで、人はより日本を深く理解できる

これは反面教師のようなもので、海外に出て「違い」を体験してこそ、日本の良さなどを知ることができるのである。海外を知らない人が「日本は良い国だ」なんて言っていたとしても、まったく説得力がない。

海外の経験を通してより複雑な物差しをあなたの中に作り、それを用いて日本を測ってこそ「日本が良い国だ」と言えるはずだ。

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「英語」よりも大事なこと

近年では「英語」が重宝される、というか過剰なまでに話題に上がる。

しかしながら、僕は本当に「英語」が大切なのだろうか?と考えることが多い。事実として、この世界には「英語」という共通言語よりも大切な事が存在すると、僕は確信しているからだ。

その一部を紹介しようと思う。

 

人を尊敬せよ

「人を尊敬して人を受け入れる」ことこそ、この世界に大事なことではないだろうか?

人を見下すことなく、その人の良し悪しを受け入れてこそ、日本の社会だけでなく、世界の人々に受け入れられる為の条件なのである。

「老害」などと言われる人々が若者に受け入れられないのは、そのせいであるし、若者が「老害」を受け入れないのもこのせいだ。基本的に、すべて人に対して尊敬というものを持たないと、気に入らないものは受け入れないという態度をとってしまう。

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人は柔軟であるべきであり、そしてお互いに尊重しあうべきである。これこそが、国際人として根本的に必要なことだとぼくは思っている。

 

異文化を受け入れる器を持て

異文化を受け入れる器の大きさは、人間の器の大きさと同じである。

例えば、日本人からは考えられない行動や考え方を持つ国の人達がいる。特に中国人なんてのは「個」の塊だし、他人のことを考えないような人物が多いのは事実だ。

しかし、それが「その国の文化」であることを忘れてはならない。

日本以外の国では、日本では想像できないような環境に住んで、想像できないような経験をしている人たちが多い。そこで形成された文化を受け入れること、相手の事情を読んであげることこそ、「国際人」としてのバランス感覚なのだ。

異文化を受け入れる器を持つと、世の中の大抵のことはどうでもよく感じるものであり、その寛容な人柄こそ英語よりも大切なことである。

 

国境を捨てろ

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国境を捨てることも大事である。それは日本を捨てろ、ということではない。

ぼくとしてはむしろ、「日本人であることを誇れ」とすら思う。この世界で日本人ほど信頼と羨望の眼差しを受ける国はないと知っているし、 「I’m a Japanse」 という一言が相手の顔を和ませることも知っている。

でもそれは、国境を捨ててこそ知ることのできる「事実」なのだ。

しかしながら「国境を捨てろ」というのは、「日本を捨てて生きろ」ということでなく、「日本に固執することなくフットワークを軽くして生きろ」ということである。

フットワークを軽くしてこそ、どこへ行って何を見ても、あなたは「この世界に生きる1人の人間」だと言うことを実感し、そこに国境なんて言葉は必要なく、ただただ平等な人と人との関係があるだけということを知るのだから。

 

まとめ

色々なことを議論してきた。少しは「海外に出ることの大切さ」を知ってもらえたかと思う。ここ数年「海外に行く人」は増えても「住む」というような人は少ないように感じる。

グローバル化という言葉が人々を脅かすこの世の中で、本当に活躍しようと思ったら「国際的なバランス感覚」を養うしかないのだ。

そして、その大切さを少しでも記事中で伝えられたのであれば幸いだ。

追伸:こういう話に興味のある人は是非とも、高城剛さんの「私の名前は、高城剛。住所不定、職業不明 」「黒本」や「白本」を読んでみてもらいたい。

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HIRO
日本の大学を中退しフィリピンの旅行会社に就職。その後、NZの大学に留学。卒業式では400人の前でスピーチをする。これまでの経験をもとに、英語・海外情報をブログで発信中。ツイッターではブログ運営・英語学習・海外情報をシェアします。社会不適合者のネジ外れぶっ飛び系。海外就職/大学留学/TOEIC840点/英検準1級。お仕事受付中のフリーライター兼、旅人。

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